東京高等裁判所 昭和59年(う)493号 判決
(1) 本件犯行の動機は,原判決摘示のとおりであるところ,これをみるに,被告人は(中略)ポーカーゲームに凝り借金を作ったり,更には昭和58年1月ころからは,クラブホステス木村聖子と情交関係を重ねるなどして不健全な生活を送るうち,勤め先の売上金着服の疑いや無断欠勤が重なり解雇され,無収入となった上,(中略)身重の妻を放置して前記木村聖子方へ転がり込んで,以後,同所で寝泊りし,同女に生活の面倒見てもらうなど無為従食の生活を送るようになった。そして,その当然の結果として,被告人は益々金銭に窮するようになり,常に2,30万円の現金があるポーカーゲームスナックからこれを強取することを思い立ち原判示の如く本件犯行に及んだもので,犯行の動機には情状として酌むべきものはない。
(2) 被告人は,実行に際して顔を覚えられないための女装用の衣類等と本件に使用した果物ナイフを事前に準備して犯行に都合のよい店を物色し,裏通りにあって客の出入りが少なそうな原判示「タジマ」を見つけるや,同店を犯行の対象に選び,付近で女装のうえ,客を装って同店へ入り,同店の様子をうかがい,同店の従業員である被害者の財布に目をとめたが,体格が大きかったことなどから,犯行の踏ん切りがつかず,一旦同店を出たが,夜まで待って同店を襲おうと決心し,犯行を果すには,果物ナイフ以外にも適当な凶器がいると考えてスーパーマーケット金物売場で原判示金槌1丁を買い求めその後,深夜になるのを待つ間に,それまでしていた女装が窮屈でもあり,又,犯行の際,素早く行動できるようにと女装から男装に着替えたうえ,前記「タジマ」に再び客を装って入り,店内で被害者が1人となる機会を待って本件犯行に及んだもので,右一連の経緯に徴すると,本件は,必要な事前準備を遂げた上での計画的犯行であって,悪質というほかない。
(3) 更に,犯行態様をみるに,被告人は(中略)被害者に対し,「トイレのタンクが水漏れしてトイレットペーパーが濡れているので見てくれないか。」などと言葉巧みに被害者を便所内に誘い込んだうえ,機を見て同人の背後から,死の結果が生ずるかもしれないことを予見しながら,あえて,その後頭部目がけて金槌で強打し,これが同人の肩甲骨付近にそれるや,振り向いて被告人の胸倉をつかんできた被害者の眉間部を右金槌で更に強打し,次いで,同人に胸倉とズボンの左腰付近をつかまれ抱きかかえられるようにして同店前路上に連れ出されて逮捕されそうになるや,これを免れるため,所携の紙袋から果物ナイフを取り出し,死の結果を生ずるかもしれないことを予見しながら,あえて,同人の左脇腹を思い切り突き刺し,これにより同人に対し前記のように左季肋部から左第六肋間,横隔膜胃大彎側を貫通して体中央部に達する深さ11センチメートルの刺切創を負わせ,5時間余り後に胃各刺創による出血のため同人を死亡させて殺害したもので,犯行態様は危険かつ凶悪と言うほかない。(中略)
(4) 反面,被害者には何らの落度も認められない。(中略)
被害者は,妻子3名とともに平穏な家庭生活を送っていたのに何らの落度もないばかりか,かえって,トイレットペーパーを取り換えてほしい旨の被告人の要求に善意で対応しているうち,いきなり背後から襲われ,あまつさえ43歳の働き盛りで非業の死を遂げるに至ったもので,その無念さは察するに余りある。また,夫を失った被害者の妻が,当審において,「主人はどんな事をしても帰って来ない。犯人も同じように一生刑務所に入ってもらいたいというのが本音である。」旨供述していることからも明らかなように,被害感情は熾烈であり,更には,同女の「下の子供(当9歳)は,犯人に死んでもらってあの世に行ってお父さんを呼び戻してほしいと言っていた。」旨の供述から窺われる幼い子供の素朴な心情には粛然たらざるを得ないものがある。そして,被害者の妻は,一家の大黒柱たる被害者を失った後は,同女自身の働きや母子年金等によって2児を扶養して行かなければならない状況に陥るなど本件犯行が被害者の遺族に与えた経済的損失は莫大であるのみならず,幼くして父を失った2人の子供の生涯に与える影響を思うと,被告人の母親から香典などとして被害者の妻に渡された合計90万円の金員は微々たるものと言って過言ではない。(中略)
模倣性が強いと認められる本件の如き犯罪が社会一般に報道されたことによる悪影響も十分に懸念されるところであって,本件犯行の結果ないしその影響は誠に重大かつ広範囲である。
以上見てみたところによると,若干の個々の点については被告人に有利な事情がないわけではないが,これを全体として総合的に考察すれば,犯行の動機,態様,被害結果等のいずれの見地からしても,被告人の刑責は重大であると言うほかなく,被告人には道路交通法違反の罪による罰金前科が4犯あるほかは前科がないこと,被告人は末だ25歳の若年で年若き妻と生後10か月の長女がいること,被告人が捜査段階,原審及び当審を通じて一応反省の情を披歴していること,その他当審における事実取調べの結果をも含む関係証拠により認められる諸般の事情を斟酌すると,本件につき所定刑中の無期懲役刑を選択するのを相当とするが,更にこれが重すぎるとして酌量減軽すべきものとは到底考えられない。そうすると,無期懲役刑を選択しながら,これに酌量減軽を加えて被告人を懲役15年に処した原判決はその量刑が著しく軽きに失し不当であることは明らかである。論旨は理由がある。